
プロフィール
昭和52年生まれ
取得資格 鍼灸師 健康運動指導士
経歴
20歳 東急スポーツオアシスに
アシスタントスタッフとして入社
24歳 IGL医療福祉専門学校鍼灸科
1期生として専門学校に入学 3年間
25歳 東急スポーツオアシス フリーランス契約
インストラクター兼パーソナルトレーナー
(40歳まで契約)
27歳 IGL医療福祉専門学校卒業
鍼灸師 取得 同時に
『山根鍼灸院』開業 (現在まで)
32歳 リゾート&スポーツ専門学校の
非常勤講師を務める (現在まで)
マッサージやシニアのトレーニング法など
40歳 東急スポーツオアシス広島店
20年勤めたスポーツクラブ退社
43歳 HENSHIN LAB(ヘンシンラボ)設立
治療とトレーニングを併用できる施設
44歳 HENSHIN LAB 増設
パーソナルトレーニング専用エリア拡大
45歳 ツネイシブルーパイレーツ実業団野球部
コンディションニングトレーナー
47歳 ルート治療創案者 白川先生のセミナーを
受けルート治療専門店 開院
(パーソナルトレーニングエリアは縮小)
趣味
お酒 釣り 子供と遊ぶ
なぜルート治療を取り入れたのか?
22年治療家として色々と治療法を学んできましたが行き着いた治療はルート治療でした。
ルート治療ではコリ(ルート)が蓄積しすぎると色々と不調(肩こり 倦怠感 頭痛 無気力など)をきたし
そこから重症化(癌や心筋梗塞や脳梗塞やヘルニアなど)していくとなります。
それでもコリ(ルート)を放っておくと身体だけではなく心も壊れていき 自分が自分でない人格が
生まれてしまい自暴自棄に陥りやすくなります。
長年 積み上げてきたコリはその場しのぎの治療では
紛らわすことはできても 根本的に解決までには行きにくいことが多いです。
ルート治療は特化してコリを撃退し根本的な解決に結びつける治療法で 私が今まで治療家をしてきて もっとも効果を引き出す事ができ 身体も心も整える究極の
治療法だと個人的には思い 取り入れました。
なぜこの仕事をはじめたのか?
無知と経験不足から頼ってくれているお客様に何もできないししてあげられない力不足や悔しさを痛感したことが本気で仕事にのめり込めました。
20歳から大手スポーツクラブにアシスタントスタッフとして入社し、一通りのレッスンや業務をしていました。当時そのスポーツクラブにはカープの選手が数名通われていました。いつかプロ選手を指導してみたいと その時は夢の存在でした。できる事は元気に挨拶すること。少しずつ顔を覚えて頂き 一言 二言 声をかけてもらえるぐらいまで そして指導ではありませんが いつもサポートさせてもらえるようになりました。自分の憧れる選手がシーズンの途中に大ケガで手術し懸命にリハビリに取り組んでいる姿を間近にみさせてもらっているのに 何もできないし 何もしてあげられない。 ただ たわいもない世間話や回数を数えるだけで専門的なアドバイスや指導などできず 自分の知識や経験不足を痛感し悔しい思いや やるせない気持ちで一杯でした。
そこからやる気スイッチが入り、プロの選手も また私はスポーツクラブでは若い会員様よりご年配の方から支持を受けていたので ご年配の方も身体を整えられるようにと まずは自分に武器を身に付ける為に 24歳から3年間 国家資格でもある鍼灸の資格がとれる専門学校を一期生として入学しました。
朝は鍼灸接骨院 昼は学校 夜はスポーツクラブでフリーランスとして働き 3年間フル回転し 卒業と同時に鍼灸院を開業し現在に至ります。
卒業してすぐ開業は甘かった。挫折を繰り返し その度に助けてくれる仲間や頼ってくれる患者様のありがたさを思い知る。そして競輪選手との出会いが転機となる
素人なりに学生の頃から卒業と同時に開業できるようにと 段階を踏んでいざ開業するとすぐに挫折は待っていました。はじめは家族や友人や今までのクライアント様も来てくれましたがその波は1カ月で終わり仕事がない日が続くのも当たり前でした。たぶん 人生で一番もがいていた時期でしたね。そんな中でも幸運にも スポーツクラブで挨拶だけ交わしていた当時広島を代表する競輪選手の目にとまり 身体を診させて頂くチャンスをもらいました。 下手なりに一生懸命でした。手は震え 汗はタラタラと緊張しっぱなしと覚えています。でもそんな懸命な姿を気に入ってもらい自分が一人前になるまでと治療代を頂きながら 勉強の材料として身体を預け 一回の治療を2時間 週2回きてもらいました。その選手と治療法を作り上げ、選手が安心して身を預けてもらえるレベルまで達した時に、そこからお弟子さんや カープや巨人の選手などを紹介してくれるまでなり その経験が今現在に至っています。
こりない挫折。仕事も信頼もガタ落ち。増えるのは変なプライドだけ。
2年ぐらい経ち順調に仕事もあると 今度 生まれて来たのは 慢心でした。なにか偉くなった
勘違いもありました。そんな傲慢や慢心は 僕を頼りにしてくれているクライアントさんにはダイレクトに見破られ愛想つかされ離れていかれた方は多かったです。そこで気づけばまだ救いようがあるバカ者だったんでしょうけど ほんと勘違いの大バカ者でした。『どうせ戻ってくる』『自分の代わりはいない』など過信とムキになって自分を見つめ返すことを拒否していました。仕事も激減でした。数名のクライアント様からの直接的なご指摘と 自分の兄貴分の競輪選手から強い叱咤激励により目を覚ますキッカケをもらいなんとか改心することができました。
【当たり前は当たり前ではない】【目の前の頼ってくれる方に気持ちを入れて大切に】そこから少しずつ信頼を回復できるようにと心掛け 初心を忘れず今現在も接しさせて頂いています
仕事への想い
治療家として22年間 多くのクライアント様と携ってきました。
またルート鍼治療と巡り会え さらなる治療の深みを
知りこれこらも邁進していきたいと思っております。
今までどこに行っても治療成果が得られなかった方
しっかり診てほしい方は 是非 一度受けてほしいと思っております。
全力で診させて頂きます。